Forward to 1985 energy life

 

この運動は、豊かで人間的な暮らしができる、究極の省エネルギー社会の創出を目指し、家庭でのエネルギー消費量と電力消費量を1/2以下にしようとするものです。
 1985

「福島原発事故から半月が経過した頃、「どうなれば原子力発電がなくなるのだろう?」と考えました。原子力発電がなくなるに越したことはないので、まずはシンプルにこう考えたわけです。そこでまずは「およそいまのピーク電力の20%減」をすればよいということがわかりました。」

 “言いだしっぺ“~自立循環型住宅研究会主宰:野池政宏氏~より

私は2003年頃から住宅(家庭)におけるエネルギー消費のあり方に関心を向け、住宅建築や住宅での暮らし方について調査研究、提案、アドバイスなどを行ってきました。ただし、私はいわゆる研究者ではありません。多くの仕事は、専門家・研究者と呼ばれる立場にある人から提示された"結果"に基づき、それをわかりやすく翻訳して、住宅建築に携わる工務店、設計事務所、建材・設備メーカーや流通の立場にある人、また一般の生活者に伝えるという内容です。このような仕事をしている人はほとんどいないからか、とくに最近では私からの情報やメッセージに関心を持ってくださる人が増えています。
エネルギー問題は、大きく「エネルギー資源の枯渇」「エネルギー安全保障」「地球温暖化」に関わる問題であると考えてよいと思います。そこに、少し毛色の違うものとして「原子力発電の扱い」を加えるのが私はよいと思っています。それぞれに様々な意見があり、こうした問題を解決する方法や評価する方法についても様々な意見があります。しかし、ここで間違いなく言えるのは「省エネルギーを進めることは、これらの問題を解決させる方向に向かう」ということです。

だから私は、縁あって首を突っ込んだ「住宅分野」の省エネルギーにつながる仕事をしてきました。「新しいエネルギー転換事業や新しい設備や装置の研究開発、自然エネルギーによる発電などの研究開発には携われないけれど、住宅分野の省エネルギーに向かうお手伝いはできる」と考えて仕事をしてきました。

こんな私が今回の福島原発事故を目の当たりにし、言いようのない衝撃を受けました。高校生の頃からエネルギー問題に関心を持ち、当時「夢のエネルギー」として注目されていた核融合を大学では研究しようと思っていました。実際にはそうはならなかったのですが(理学部物理学科に入学し、宇宙線の研究室に入りました)、ずっと原子力発電のことは気になっていました。私なりに原子力発電に対するスタンスも決めていました。しかし、先に述べたようにエネルギーに関わる仕事をしながらも、原子力発電のことに直接触れるようなコメントやメッセージは出してこなかったのです。

「原子力発電」「原発」という言葉はなかなかデリケートな言葉です。とくに「ゲンパツ」という響きに対して触れたくない、避けて通りたいという感情が湧く人が多いと思います。それはおそらく「反ゲンパツ運動」に対して、ヒステリックで独善的な印象を持っているからでしょう。

かく言う私もそういう印象を持っています。一部の反原発運動や反原発の活動家(その多くは研究者ですが)には共感し、尊敬もしていますが、全体としては「何か共鳴できないなあ」と思ってきました。

私が原子力発電のことについてあえて触れてこなかったのは、「ゲンパツ」という言葉を出した瞬間に、相手との溝ができてしまうのが嫌だったからです。本当は強引な原子力発電推進の問題点を伝えたかったし、一方ではとくにエネルギー安全保障上、国策としての原子力発電推進が必然の流れかもしれないことも伝えたいと思っていました。またそこでは原発事故のリスクについてもできる限り客観的な情報を提供したいと考えていました。要するに、私は「ゲンパツ」について真面目で深い議論がしたかったのです。

でも、それは結局やらないでここまで来ました。記憶は定かではありませんが、そうした議論に持ち込もうとして"引かれてしまう"という経験が何度かあったのかもしれませんし、言い出そうとしてやめたのかもしれません。

結局のところ「省エネルギーに関わる仕事をして、その結果原子力発電が"自然に"不要となればいいなあ。少しでもそれに貢献できればいいなあ」という思いで仕事を続けてきました。もちろん先に述べたように、私が省エネルギーに関わる仕事をしているのは「原子力発電がなくなる」ということだけを目標にしているのではありませんが…。

だから今回の福島原発事故は私にはとても重かったのです。自分なりには原子力発電についてどんな距離感でいようということは決めていたし、あえてゲンパツのことは言葉に出さないというスタンスも決めていたのですが、今回の事故で「それが間違いだったのでは?」という気持ちがもたげてきたのです。私が原子力発電の議論をふっかけ、それによって何かが変わったという可能性はゼロに近いと思います。そんなに影響力のある立場にはいませんから。でも、私にはどうしようもない後悔の念が強くなってしまったのです。

「Forward to 1985 energy life」というメッセージを出すことは、原子力発電をなくすことだけが目的ではありません。でも、いま原子力発電のことに触れないメッセージを出すことは私にはできません。先には「原子力発電について議論したかった」と書きましたが、このメッセージはただ議論することだけを目的にしたものでもありません。議論しながら、「結果」を出すことが目的であり目標です。

私もそうですが、何か自分に引っかかる意見に触れたとき、「どんなヤツが言っているんだ?」ということが気になるはずです。意見は純粋に意見として評価すべきだという気持ちはあるのですが、やはり「誰が言っているか?どんな人が言っているか?」が気になります。だから以上のような文章を書きました。言い足らないこともたくさんあります。でも書けばキリがないのでこのへんにしておきます。これ以上のことが知りたくなったら、うまく私を知っている人を探して「野池ってどんなヤツ?」と聞いてください。

ただ、私は 「Forward to 1985 energy life」というメッセージとそのシンプルな内容は、私の人格や仕事の内容、立場などを軽く飛び越えた力があると思っています。それにシンプルに反応していただくことを願います。