116月

またも通り魔による無差別殺人

 昨日大阪ミナミで、通り魔による無残な無差別殺人事件が起きた。

犯人とはまったく面識のない通り掛かりの方が、被害にあって亡くなった。

犯人の男は、
「自殺しようと思ったが死に切れず、
人を殺してしまえば死刑になると思って刺した」と供述している。


どうしてこんな考えに至るのか、信じられないことです。

何が欠けているのか。

それとも何が必要なのか。


私は特定の宗教を信仰はしていませんが、
人がこの世に生まれてきた理由ということについて、こう考えます。

人間の本質は「魂」であり、
「魂を磨くために人として生まれてきたもの」

と思っている。

魂の世界は何の束縛も、何の不自由もない。

だから魂を磨くために、
人間として生きて行く、また人として世の中を正しく生き抜く
そんな試練を与えられているのだ。


そして、人としての生きざまと死にざまにより、
次に魂の向かう世界が違ってくる。

人として生きることを諦め、自ら命を絶つと
本来の世界には行くことができないと聞いたことがある。

魂を高める生き方ができなければ、
俗に言う地獄の世界があり、更に過酷な来世があるのかもしれない。


五体不満足な身体でも、恵まれない境遇の中で育った身体でも、
前を向いて生きている人たち。

わが身を削って人の幸せのために生きる人たち。

まさに魂を磨く生き方。

精一杯生きようとする「生きる力」が掛けてきているのか。
そして人として正しい生き方を知る、そんな躾や教育が薄れているのか。

Posted in 工務店ブログ!ちょっとオシャレで贅沢な木の家づくり

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